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東京地方裁判所 昭和29年(ワ)9892号 判決 1960年9月07日

原告 藤宮勢以

被告 坂田定雄

主文

被告は原告に対し、金四三一、七〇〇円とこれに対する昭和二九年一一月五日からその支払が終るまで年五分の割合による金員を支払え。

訴訟費用は、被告の負担とする。

この判決はかりに執行することができる。

事実

第一、当事者双方の申立

(原告の申立)

主文第一、二項同旨の判決ならびに仮執行の宣言を求める。

(被告の申立)

原告の請求を棄却する。訴訟費用は原告の負担とする。

との判決を求める。

第二、当事者双方の主張および答弁

(請求の原因)

一、原告は昭和二九年七月一五日被告から、東京都新宿区花園町六九番地の一七宅地五一坪(以下本件土地という)および同地上にある木造瓦葺二階居宅一棟建坪一八坪五合二階一八坪五合を、代金三、三〇〇、〇〇〇円で買受け、(以下この契約を本件契約という)その頃代金を完済した。

二、ところが、本件土地については、右契約当時すでに旧特別都市計画法にもとずく区画整理により、その換地予定地として、本件土地のうち三八坪三合八勺が指定された結果、本件土地のうち換地予定地として指定された部分を除くほかは使用収益することができないものであつた。

右土地の価格は一坪当り少くとも金三五、〇〇〇円であるから、原告はその使用収益できない部分一二坪六合二勺につき、金四三一、七〇〇円の損害をこうむつた。被告は民法第五六六条の準用により、原告に対し、右損害を賠償すべきである。

三、かりにそうでないとしても、被告は昭和二七年四月二一日付をもつて、東京都知事より、右換地予定地指定の通知を受けていたのにかかわらず、本件契約の際故らこのことを秘し、あたかもそれが五十一坪全部について使用収益できるかのように装つて原告を欺罔し、よつて原告の使用収益できない前記一二坪六合二勺に対しても代金を払わせて、金四三一、七〇〇円の損害を与えたものである。したがつて被告は原告に対し、右不法行為による損害賠償の義務がある。

四、よつて原告は、民法第五六六条の準用により、または選択的に不法行為にもとずく損害賠償の請求として、被告に対し、金四三一、七〇〇円とこれに対する本件訴状送達の日の翌日である昭和二九年一一月五日からその支払が終るまで、民法所定年五分の割合による遅延損害金の支払を求めるため、本訴に及んだ。

(被告の答弁)

原告主張事実のうち、第一項はこれを認める。

第二項のうち本件土地について本件契約当時すでに旧特別都市計画法にもとずく区画整理によつて換地予定地として本件土地のうち三八坪三合八勺が指定され、右換地予定地のほかは使用収益できないものであつたことは、これを認めるが、その余の事実は否認する。

第三項のうち、被告が昭和二七年四月二一日東京都知事より原告主張の通知を受領したことは認めるが、その余の事実はこれを否認する。

(抗弁)

被告は、本件契約に先立つて原告に対し、本件土地が旧特別都市計画法にもとずく区画整理中であることおよびその結果本件土地が三八坪位に減坪されることを告知した。原告はこのことを了知したうえで本件契約を締結したのであるから、本訴請求は失当である。

(抗弁に対する答弁)

被告主張の抗弁事実は、これを否認する。

第三、証拠関係

(原告の証拠等)

甲第一号証、第二号証の一、二提出。鑑定の結果援用。証人宮本カヨ子および同岡田文蔵の証言並びに原告本人尋問の結果援用。乙号各証の成立を認め、同第一号証は、これを利益に援用。

(被告の証拠等)

乙第一、第二号証提出。証人坂田さわゑの証言および被告本人尋問の結果援用。甲第一号証の成立認める。同第二号証の一、二のうち、いずれも郵便官署作成の部分のみの成立はこれを認めるが、その余の成立は不知。

理由

一、本件契約の成立等について

原告と被告との間に昭和二九年七月一五日本件契約が成立し、その頃原告が被告に対してその売買代金三、三〇〇、〇〇〇円を支払つたこと、および本件契約当時すでに本件土地について、旧特別都市計画法にもとずく区画整理がなされ、そのうち三八坪三合八勺が換地予定地として指定された結果右換地予定地のほかはこれを使用収益できなかつたことは、いずれも当事者間に争いがなく、成立に争いのない乙第一号証および本件弁論の全趣旨によると、本件土地はもともと実測五一坪あつたが、区画整理の結果、同一の土地の三八坪三合八勺に対して換地予定地の指定がなされたものであることが認められる。

二、民法第五六六条の準用による請求について

(一)  土地区画整理法施行法第六条、旧特別都市計画法第一三条第一項並びに土地区画整理法第九八条第一項、第九九条第一項、第一〇三条第四項および第一〇四条第一項によれば、換地予定地(仮換地)の指定を受けた場合、従前の土地の所有者は換地処分の効力が発生するまで、その土地の所有権そのものを失うものではなく、その使用収益を制限されるものであることが明らかであるが、この制限の効力はその土地を買受けた第三者にも及ぶものである。そして民法第五六六条は売買の目的物に、その使用収益を妨げる権利があり、しかもその権利が買主をも拘束するような場合に、売主に担保責任を認めて、当事者間の公平をはかろうとするものであるから売買の目的である土地が換地予定地に指定されて買主がその使用収益について制限を受けるような本件においても、その準用を認めるべきである。

もつとも、売買契約当時、右のような権利があることを知つていた買主は、これを保護する必要はないから、さような場合売主は、買主が悪意であつたことを主張立証して、担保責任を免かれることができるものと解すべきである。

(二)  被告は、本件契約の際原告に対し、本件土地が区画整理施行中であることおよびその結果は本件土地が三八坪位に減坪されることを告知したと主張するのであるが、これ等に副う証人坂田さわゑの証言および被告本人尋問の結果はにわかに措信できず、他に本件契約当時原告が右事実を知つていたことを認めるに足る証拠はない。かえつて、証人宮本カヨ子の証言および原告本人尋問の結果によると、本件契約に際し、原告が本件土地を見に行つたとき原告は、被告に代つて本件契約に関与したその父坂田一蔵から、本件土地に対する区画整理が終り、本件土地の面している道路が広くなつたこと、を聞き、被告に右代金を支払うとき被告から本件土地の坪数が五一坪に相違ないことを聞いて、その使用収益できる坪数が五一坪であると考えていたことが窺われる。

(三)  原告は原被告間の本件売買は数量を指示して売買したものであるとして、その売買目的物である本件土地の不足分一二坪六合二勺について民法第五六五条による代金減額の請求をなした上、既に支払つた代金のうち右坪数に相当する代金の返還を請求し本訴を提起したものであつて、右請求は昭和三四年一〇月一五日の口頭弁論期日まで維持せられていたが、同日の口頭弁論期日において、原告主張のごとき民法第五六六条の準用による損害賠償請求に請求原因を変更したことは本件記録上明白であるところ、民法第五六五条の代金減額請求による既払代金の一部返還と民法第五六六条(又は民法第五七〇条)による損害賠償の請求はその性質を異にし、同一性を有しないと解すべきであるから、代金減額の請求をしたことは損害賠償の請求をしたことにはならないというべきである。ところで原告訴訟代理人が前記認定のとおり本件土地について換地予定地が指定せられただけで、本件土地のうち換地予定地として指定せられなかつた部分についても所有権を失つたものでないことを遅くとも昭和三二年三月一二日には知つていたことは本件記録上明白である。(その時までに原告訴訟代理人は乙第二号証の写を受領し、乙第二号証には右事実が明白に記載せられている。)従つて民法第五六六条の準用による損害賠償の請求はその時から一年を経過した昭和三三年三月一二日以後は除斥期間の経過により原告においてなし得なくなつたといわなければならない。従つて、原告の主張する同条の準用による損害賠償の請求は他の点について判断するまでもなく失当である。

三、不法行為による損害賠償の請求について

(一)  原告が本件契約当時本件土地五一坪全部について、これを使用収益できるものと考えていたことは、前記認定のとおりである。そして原告は、かような錯誤は被告の欺罔行為によるものであると主張するのであるが、被告またはその父坂田一蔵が本件土地は五一坪全部について実際に使用できるものであることを確言した証拠はなく、他に被告が原告に対し、その主張のように欺罔行為したことを認めるに足りる証拠はない。

(二)  しかし、成立に争いのない甲第一号証の記載、証人坂田さわゑおよび同宮本カヨ子の証言、原告本人尋問の結果ならびに弁論の全趣旨によると、本件土地および建物は、はじめ訴外宮本カヨ子が被告から買い受ける筈であつたが、同人がこれを止め、原告が同人の紹介によつて本件契約を締結するに至つたこと、原告は当初宮本カヨ子から本件土地が五一坪であることを聞いたが、それと現実に使用できる坪数との間にくいちがいがあろうなどとは夢想だにしなかつたこと、本件売買契約当時本件土地について、すでに区画整理による道路の拡張工事および本件建物の移転工事はすべて終り、そのうち三八坪三合八勺を除くその余の部分が使用収益できないことは、確定的であつたことがそれぞれ認められ又被告の父坂田一蔵が本件土地について区画整理が終つたといつたこと、被告が本件土地は五一坪あるといつたことは前記認定のとおりである。しかして、前記法律に規定する換地予定地指定の効力について正確な知識を持たない一般社会人としては右のごとき事情の下において被告の父や被告の説明をきけば原告のように考えるのは無理からぬことであるから被告としては、本件売買契約に際し、原告に対して、本件土地の所有権は五一坪全部についてなお被告にあるが右のとおり換地予定地指定の結果使用収益できない部分のあることを具体的に明示するのが、信義則にかなつた所為であるというべきである。しかるに被告はこの挙に出でず、前叙のとおり、反対に一般社会人をして区画整理が終了し、従つて換地処分が行われた結果本件土地が五一坪となつたと思わせるような言い方をしたのであるから、かゝる所為は積極的な欺罔行為と同視すべき違法行為といわなければならない。

もつとも、本件土地は本件売買契約当時、まだ換地予定地の指定を受けただけであり、被告がそのうち三八坪三合八勺を除くその余の部分についても所有権を喪失していなかつたものであることについてはすでに考察したとおりであるから、あるいは人あつて、この点において被告は前示告知義務から免かれるというかも知れないけれども、本件契約に関与した被告の父坂田一蔵が「区画整理が終つた」といつたことは前記のとおりであるが、この点は法律的に正確といえず原告のような錯誤を生じさせるおそれのある言であり、なお説明を附加しなければ事実の正確な表現といえないし、かつ当時区画整理としての工事が終つていたことは前示認定のとおりであり、かような段階においては、もはや完全な所有権を移転することはできないわけであるから、そのことをもつて前記告知義務を免かれることはできないものというべきである。

(三)  次に損害額についてみるのに、鑑定人川口長助の鑑定の結果によると、本件売買契約当時本件土地は、五一坪の場合一、七八五、〇〇〇円、三八坪三合八勺の場合一、三四三、三〇〇円であつたことが認められるから、原告の損害額は金四四一、七〇〇円である。

四、結論

以上のとおりであるから、原告が被告に対し、不法行為に基く損害賠償として右の範囲内における金四三一、七〇〇円とこれに対する本件訴状送達の日の翌日であること記録上明白な昭和二九年一一月五日から、その支払が終るまで、民法所定年五分の割合による遅延損害金の支払を請求することは正当としてこれを認容することとし、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第八九条、仮執行の宣言につき同法第一九六条を適用して、主文のとおり判決するる。

(裁判官 岡松行雄 鉅鹿義明 飯原一乗)

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